宮崎神社
由緒
創建年代は不詳ですが、元亀二(1571)年に、藤原朝臣児玉備前守元家と同大和守宗有が大檀那となり、社殿を再建立した棟札が残されています。 その後、寛文十二(1672)年及び元禄二(1689)年に社殿を再建しました。
「竹仁村郷土誌」によると、宮崎神社は、元々は宮崎大輔という人物の鎮守神で、境内にある若宮という祠の御神体には「大丈大輔家正 延徳二年庚戌三月二六(延徳二年は西暦1490年)と書かれてあったと云う。
明治四十三(1910)年七月、村内に鎮座していた八和田八幡宮、八坂神社、天満宮、住吉神社、厳島神社、素鵞神社、伊勢神社、熊野神社の八末社が合祀されました。